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第10話・向き合う その1

Author: さぶれ
last update Last Updated: 2025-05-19 17:59:50

 あれから無事に滞りなく音楽会は開催された。玄さんのお陰で、私は指導に集中することが出来た。

 肝心の子供たちは頼りなさげに瞳を泳がせたり、辺りを見回して落ち着きのない様子が多く見受けられたが、本番が始まると威風堂々としており、私の心配は杞憂に終わった。無事に歌い切り、保護者の方々から割れんばかりの拍手を貰い、感動の音楽会となった。

 子供たちを送り出し、片付けも終わり、園に楽器などを運んで職員も解散の運びとなった。玄さんと約束したので、事情を話して兄に付き添ってもらう予定は断った。園を出ると、玄さんが手配した迎えに連れられた。

 今夜、彼と対峙する。

 対峙場所は、蓮見リゾートホテル。

 彼の業務が終わるまで待って欲しいと言われ、豪華な客室のひとつに通された。

 以前宿泊させて頂いた部屋もそうだけれど、調度品、内装、絨毯、どれをとっても素晴らしい。掃除も行き届いているし、宿泊者をもてなす心が溢れている。

 それにしても驚いた。玄さんが蓮見リゾートホテルの社長だったなんて。

 本当に社長なのかどうか、調査してみると、『蓮見リゾートホテル」は『株式会社蓮見リゾート』が運営していることが解った。更にこの会社は、今年の四月から新社長就任となっている。HPに記載のある代表者の名前、それは――

 代表者:蓮見 玄介(はすみ げんすけ)

 彼が名前を明かせなかった理由が、そこに書かれていた。

 他にもグループ会社に関する記事等もあり、玄さんの写真も掲載されていた。小さなものだけれど、確実に彼の写真だった。もうこれ以上玄さんを詮索するのは止めにして、窓辺から外を見た。上層階のホテルの部屋から見る都会の夜景は素晴らしく、宿泊した人は満足して帰っていくのだろう。

 私には似合わない場所だ。

 彼となにから話そう、どうしよう、と考えていたら、扉をノックする音がした。

「は、はいっ」

『俺だ。眞子、入ってもいいか?』

 玄さんだ。何からどう話していいのか何も決まっておらず、ただ焦りだけが胸中を支配した。

「どうぞ」

 急いで扉まで向かい、掛けていた鍵を開錠して彼を招き入れた。複雑な表情で私を鋭く見つめる玄さんに応えられず、思わず俯いてしまった。

 座ろうかと優しく声をかけてもらったので、彼の言うとおりに従った。

 重い沈黙が続く。それを先に破った
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